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孫桓 叔武

 

 

生没年:建安2年(197)~???

 

所属:呉

 

生まれ:???

 

 

 

 

孫桓(ソンカン)、字は叔武(シュクブ)。魏、呉、蜀……どの国を見ても、主君の血族者の中で傑出した才を持つ人物は存在します。

 

孫桓も、呉の皇室の中で優れた才覚を見せつけた人物のひとりであり、優れた軍事能力によって孫権軍の危機を跳ねのけた若き勇将のひとりです。

 

 

……が、そのもっとも惜しむべきは驚異的な寿命の短さ。亡くなったのは下手をすると20代半ば。孫呉の優れた人物の大半は「短命の呪いでも受けているのか」と疑問になるほど大事な局面で病死してしまいますが、孫桓もこの先の活躍が期待される中で忽然と世を去っています。

 

 

今回は、そんなあまりにも惜しい宗室のディフェンサー、孫桓の伝を見ることにしましょう。

 

 

 

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夷陵の戦い・孫桓窮地に立つ

 

 

 

孫桓のデビューにして唯一の華々しい活躍は、黄武元年(222)に行われた夷陵(イリョウ)の戦い。

 

この戦いは、呉の同盟破棄と荊州(ケイシュウ)失陥、そして主力武将であった関羽(カンウ)の戦死に怒った蜀帝・劉備(リュウビ)が、全戦力を上げて呉への報復に向かったのが起因となっています。

 

 

劉備率いる蜀軍はこの時、周辺の山々を埋め尽くすほどの大軍を動員したと言われていますが……その軍勢を食い止めるべく出撃したのは、陸遜(リクソン)率いる5万の精兵たち。その士気はともかく、純粋な戦力では劣るものではなかったと思われます。

 

 

こうして両軍は激突するわけですが……陸遜が敷いたのは、最終防衛ラインを固守するだけの徹底した防御策。戦力差はほとんどないにしても、相手は劉備を筆頭に非常に戦意が旺盛で、まともに戦うと大損失を免れない状況だったと言えるでしょう。そのため、陸遜は相手の疲れを待って逆襲を仕掛ける事を考えたわけですね。

 

 

しかし、陸遜率いる呉軍は防衛側。最終防衛ラインまで軍を引き払うにしても、前線の防衛陣地を構えている味方は孤立してしまうという危険もありました。

 

 

この戦いに安東中郎将(アントウチュウロウショウ)として参加して前線部隊を率いていた孫桓は、まさにこの懸念通りの危地に陥り、殺到する劉備軍に包囲されて激しい攻勢にさらされてしまったのです。

 

この時、孫桓は若干25歳。『呉書』によると先の関羽討伐には参加していたようですが、とても窮地に陥った際の防御指揮を執ったことがあるような年齢でもなく……この状況を心配する者も多かったようです。

 

 

 

 

驚異のディフェンス能力

 

 

 

こうして完全に危地に陥った孫桓でしたが……なんと総大将の陸遜はこれを救援する動きを一切見せず、まるで孫桓の窮状を無視するかのように悠然と防備を固めていました。

 

見かねた部将らが「救援を送るべきです」と進言しても、陸遜は一切耳を貸さず。孫桓からの救援要請も完全に無視するという有り様でした。曰く、

 

「孫桓殿は兵を良くまとめ、強固な陣に拠って戦っておられる。しかも食糧の備蓄も充分ならば、救援する必要も心配もまったくない。反撃の時が来れば、我らに呼応して自力で包囲を抜け出すだろう」

 

 

悠然と構える陸遜の予見通り、孫桓は危機的状況においても力戦奮闘。陸遜が火攻めと強襲により反撃を開始すると同時に包囲網を打ち破り、逆に逃げる劉備を追跡。要所要害をがっちりと固めて安全な逃げ道を封鎖してしまったのです。

 

これを見た劉備は、孫桓の力量に思わず感嘆の声を上げたと言われています。

 

「わしが呉に身を寄せていた時は小童だったというのに、ここまでわしを追い詰めるほどに成長したのか……」

 

 

かくして劉備は危険な山中を超えての逃走を余儀なくされ、蜀軍は壊滅的被害を受けて敗走していったのでした。

 

後に孫桓は、救援をよこさなかった陸遜に対してこんな言葉を残しています。

 

 

「援軍をいただけないと知ったときは正直怨んだりもしたが、後になってその意図がよくわかった」

 

 

絶望的な状況下で完全無視されたのだから怨みたくなるのは当然。ですが、孫桓はそれが計略だと知った瞬間にすべてを水に流したのですね。

 

陸遜の予測能力もさることながら、死にかけたにもかかわらず水に流した孫桓の人格も見事といったところ。ともあれ、孫桓はこの功績で建武将軍(ケンブショウグン)に昇進し、丹陽侯(タンヨウコウ)として孫権のお膝元に領土を与えられました。

 

後に孫桓は揚州での対魏戦線に移動し、横江(オウコウ)に砦を建設して魏の侵攻に備えようとしていましたが……その最中に突如として死去。あまりに早すぎる最期でした。

 

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人物像

 

 

孫桓に関する記述はかなり少なく、陳寿の評にもその人物面は一切描かれていません。それっぽいのは、陸遜伝にて「陸遜に救援拒否されたのを根に持たなかった」という部分のみ。

 

しかし、『呉書』にはわずかとはいえ、孫桓の人となりの一部を知ることができる(かもしれない)文が残っています。

 

 

孫桓は容姿端麗で頭脳明晰。博学で多くを知っており、人との議論や応対に巧みだった。

 

この先の話も呉書にある記述からの抜粋ですが……孫権は彼を孔子の一番弟子である顔回(ガンカイ)に例えて褒め、後に関羽征伐に赴いて関羽軍の残党を説得。敵兵5千を降伏させ、大量の物資を確保しています。

 

 

この辺りを見るに、孫桓は泥臭い記述こそあれどもその本質は知力と性格で人を導く、風雅な人格者……だったのかもしれませんね。

 

何にせよ、年齢的にも活躍的にもこれからという時に亡くなったのが非常に惜しい人物です。

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