董襲


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董襲 元代

 

 

生没年:?~?

 

所属:呉

 

生まれ:揚州会稽郡余姚県

 

 

董襲 水軍 溺死 勇将 忠義 猛将

 

 

董襲(トウシュウ)、字は元代(ゲンダイ)。勇猛果敢にして生粋の忠義者。その忠誠溢れる態度は最期には裏目には出たものの、必ずしも彼の名を汚す類のものではなかったと断言できるでしょう。

 

また、見てみると武官としてはかなりの出世頭なのですね。孫権軍所属の将軍自体が希少であった時機に、彼は将軍の位を授かっています。これは、やはり忠義だけでなく武勇にも優れていた証と言ってもよいでしょう。

 

 

 

 

 

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孫策軍の将として

 

 

 

董襲が戦乱の時代に名を挙げたのは、孫策(ソンサク)が地元の会稽(カイケイ)を占拠した辺りから。

 

元々孫策に対して賛否両論入り乱れていた江東の諸郡でしたが、そんな中で董襲は孫策支持派の人間として彼を出迎え、立派な態度に感心した孫策によって召し抱えられることとなりました。

 

 

 

こうして孫策の配下に加わった董襲は、まず手始めに黄龍羅(コウリュウラ)、周勃(シュウボツ)を中心とした反孫策勢力の打倒に従軍。董襲自ら前線で戦って首謀者二人を討ち取り、凱旋の後、別部司馬(ベツブシバ:非主力隊隊長)として数千の軍勢の指揮を任されるようになりました。

 

 

その後しばらくして、揚武都尉(ヨウブトイ)に昇格。その後も劉勲(リュウクン)討伐や黄祖(コウソ)の軍への攻撃にも参加し、すっかり孫策軍の立派な戦力として認められるようになったのです。

 

 

 

 

船の扱いお手の物

 

 

 

躍進する孫策を一武将として支え続けた董襲でしたが、建安5年(200)、君主の孫策を失うという不幸に見舞われ、家中は悲嘆に包まれます。

 

 

「これから、孫策の遺した勢力は大丈夫なのだろうか?」

 

 

 

そんな空気が流れる中、董襲は孫策の遺徳と孫権のカリスマ性、そして堅固な地勢を語り、「万に一つも滅亡の心配はありませんよ!」と強気のエールを送り、周囲を安心させたとか。

 

 

さて、董襲らの考えはどうあれ、突然の世代交代は領内を混乱させます。そんな中、不服従民がこれ好機とばかりに一斉決起。数万もの軍勢となって、孫権の軍勢に牙を剥きます。

 

 

そこで、董襲はこの不服従民討伐隊の一軍を率い、反乱の起きた地域に直行。同じく反乱鎮圧を任された歩隲(ホシツ)、凌統(リョウトウ)、蒋欽(ショウキン)らと分担して各地を制圧していき、なんとわずか10日ほどで反乱鎮圧を完了。

 

反乱軍は、特に董襲の向かうところ敵無しとばかりの無敗の勇戦ぶりに恐れをなし、遠くからそれを見ていた首謀者が尻尾を巻いて逃げ出したのだとか。

 

 

この功績は孫権を大いに喜ばせ、威越校尉(イエツコウイ)に昇進。さらにその後、偏将軍(ヘンショウグン)にまでなり、当時の孫権軍武官でも有数の立場に成り上がったのです。

 

 

 

その後、建安13年(208)の黄祖討伐にも参加。

 

この時黄祖は碇で固定した二隻の蒙衝(モウショウ:突撃艦)を盾に疑似要塞を立て、その船上から弩兵による一斉射撃を行うという戦法で、完全に孫権軍の侵攻を防ぎきっていました。

 

 

この時、董襲は凌統と共に先鋒として決死隊を指揮。それぞれ重装備兵100人ほどで大型船に乗り、黄祖の軍勢に向けて遮二無二突撃。董襲自ら蒙衝の腹下に潜り込んで碇を固定しているロープを断ち切り、防壁代わりの蒙衝を機能停止に追いやったのです。

 

流れの早い川で支えを失った蒙衝そのまま勝手に流れ出てしまい、その隙を孫権軍がすかさず突撃。黄祖は負けを察知して逃げ出しましたが、追いすがる孫権軍はこれに追いつき、見事に黄祖を討ち取ったのです。

 

 

 

さて、黄祖と言えば、孫権の父・孫堅の仇とも言うべき男。それを撃ち果たした孫権軍はお祭り騒ぎとなり、後日大規模な宴会が実施されました。

 

この宴会の際、孫権は自ら董襲の元へと向かい、その手を取って功をねぎらい、「これも董襲が蒙衝をなんとかしてくれたおかげだ」と喜んだとか。

 

 

 

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董襲渦中に消える

 

 

 

その後しばらく董襲は歴史に姿を表しませんでしたが、時代が飛んで曹操が濡須(ジュシュ)に攻め寄せた際、董襲は孫権に付き従うという形でその姿を現します。

 

 

この時董襲は、五楼船(ゴロウセン:楼船といえば、かなり大型の船)なるものに乗って水軍を指揮し、河を固めるように言い渡されます。

 

 

が、この五楼船、何かはよくわかっていないもののかなり大型の船のようで、夜に吹き荒れた突然の暴風により転覆の危機に陥ります。

 

さすがに危険と判断した董襲の側近は、すぐに快速艇へと避難し、楼船の破棄を決意。董襲にもこの旨を伝えて避難を促しますが、董襲はあくまで拒否。

 

怒りの形相で、「殿の命令を受けて敵を待ち構えているのだ! 大事な備えを放棄して逃げるとは何事か!」と怒鳴り散らし、「同じことをいう奴は斬る」と命令して楼船から下りようとはしませんでした。

 

 

結局そんな董襲を置いて逃げることはできず、水軍は皆暴風の中船で敵への備えを始めますが、途中で楼船が壊れ、董襲軍は長江の藻屑へ……

 

董襲自身もこの大荒れの天候のせいで溺死してしまったのです。

 

 

その後、孫権は喪服を身に着けて董襲の葬儀に出席し、その遺族には手厚い経済支援を徹底したとか……

 

 

 

 

その人物

 

 

董襲は身の丈八尺(190cmほど)の大男で、人並み外れた武勇の持ち主であったと伝えられています。

 

また、『後漢書』には「正しく身を持して意気に感ずる人物で、勇猛さを備えて立派な行いをした」とも言われていますね。

 

 

そして最期の死に様と言い決死隊の件と言い、まさしく「命令厳守、上は絶対」の、まさしく理想の軍人だったと言えるでしょう。

 

もっとも、理想的軍人に徹しすぎたあまり、応変さや柔軟性を欠いてその死を決定づけてしまったのは言わずもがな。

 

 

まさしく有能な、どこの軍いても一線を張れそうな猛将なんですが……なーんであそこで逃げなかったのかなぁ。やはり、それだけ上の命令は大きかったという事なのでしょうか。

 

 

 

また、黄祖討伐に際して昇格の記述がなく、その後の活躍もキッパリと省かれてしまっている辺りに疑念を抱く声も少ないながらに存在しますね。

 

本当に何があったのやら……

 

 

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