国淵 子尼


このエントリーをはてなブックマークに追加

国淵 子尼

 

 

 

生没年:?~?

 

所属:魏

 

生まれ:青州安楽郡蓋県

 

 

国淵

 

 

国淵(コクエン)、字は子尼(シジ)。政治手腕も実に見事なものですが、何より手柄の水増しについてきっちり言及しているこの人の正論ぶりが見てて楽しいです。

 

まさに中国式の誇張術を張っ倒す正論と清廉の権化です。

 

 

というわけで、国淵の人物伝、追ってみましょう。

 

 

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

 

学術家にして屯田布教者

 

 

国淵はもともと青州の出で、有名な学者である鄭玄(テイゲン)から学問を教わっており、一説には鄭玄から「国家に関わる政治家になる逸材」と称されていたとか……。

 

 

さて、そんな国淵ですが、黄巾の乱が勃発して地元の青州が黄巾軍の根城になってしまうと、地元を離れ、はるか北方の遼東の地へと疎開。

 

戻ってきたのは、曹操(ソウソウ)によって地元の混乱が治まった後でした。

 

 

帰郷した国淵は、曹操に乞われてさっそく彼に仕官。漢室の司法関連の仕事に携わることとなったのです。

 

 

 

こうして朝廷の臣であり曹操配下という立ち位置で仕事に励んでいた国淵ですが、ある時曹操から一つお願い事をされます。

 

 

「我が軍で大成功した屯田政策を、もっと広範囲に広めていきたい」

 

 

曹操から直接頼まれた国淵は、さっそく土地の地質調査を開始。

 

屯田に向いており利益が望めると確信した土地には実際に民衆を住まわせ、人口ごとに区分けして官吏を設置し、成績評価制度も導入……と、こうして国淵は次々と政策を推し進めていったのです。

 

 

 

そして五年の月日が流れると……

 

 

 

 

 

 

 

国淵の屯田政策は大きな成果を上げて、倉は農作物であふれかえり、人々は公正な成績制度のもと競うように作物を育てるという……まさに笑顔の絶えない、理想の職場を築き上げたのです。

 

 

 

 

誇張は計画的に

 

 

 

建安16年(211)、曹操は反乱を起こした馬超(バチョウ)、韓遂(カンスイ)らの討伐に乗り出し、自ら軍を率いて西方に旅立っていきました。

 

 

この時、国淵は居府長史(キョフチョウシ)という政務代行職を臨時で授かり、曹操の留守の間官吏の統括をするようになりました。

 

 

さて、そんなある日のこと、曹操留守中の中央では反乱が勃発。しかし曹操軍の居残り勢によって、この反乱はすぐに片付けられたのです。

 

国淵はこの反乱の報告を曹操に行いましたが、この時曹操には、「首謀者以外は殺さないようにお願いします」と嘆願。曹操はこれを聞き届け、千人以上に上っていた処刑予定者のうち、死刑が遂行されたのは首謀者の二人だけという結果に終わったのです。

 

 

 

さて、この話はこれだけではありません。曹操は国淵の報告の中で一つ、気になる部分がありました。

 

 

「報告にある敵の数と撃破数が少ないな……」

 

 

そう、当時は手柄や主家の業績の水増しのため、兵数はなんと十倍ともいわれるほどの数を誇張して記すのが普通だったのです。が、国淵の報告書には、まるでその痕跡がない。

 

気になった曹操は、国淵に何故か訪ねてみます。すると、国淵から返ってきた答えはこちら。

 

 

そもそも誇張して撃破数を記す理由は、「外敵を打ち破った」ことを民衆に誇示するために他なりません。

 

今回は完全に領内で起きた反乱ですし、これを誇張して書くのはそれだけ主家に逆らう者が多いことにつながります。叛逆者が多いことは、それだけ恥というのが私の考えです。

 

 

つまり、なんでも水増し誇張すればいいというわけではないというのが国淵の持論ですね。

 

どうにも誇張癖があるのがこの手の史書だったり戦時の国家だったりしますが……国淵は誇張する意味を明白に捉え、効果的な場所でしっかり誇張して書いてやるべきだというわけです。

 

 

ともあれ、この答えを聞いて大いに気に入った曹操は、国淵を魏のお膝元ともいえる魏郡太守に任命したのです。

 

 

スポンサーリンク

 

 

 

名探偵国淵?

 

 

さて、これまたある時のこと。曹操の政治のやり方が気に食わず、匿名の投書で政治批判を行う者がいました。

 

 

表現の自由が認められた昨今はともかく、当時はお上の意見は絶対。政治批判も、立派な犯罪だったのです。

 

さらにその批判文書には、「二京の賦(ニキョウノフ)」という、昔の文学者が遺した作品の引用が多く使われていました。

 

 

 

これを知った曹操は激怒。「どうしても犯人を特定したい」と考えるようになったとか。

 

 

そこで調査に乗り出したのが国淵。

 

 

彼は昔の文学が引用されていたのに目をつけ、「犯人は教養ある身分」と断定。「学問を浸透させるため」というお題目で部下に命じ、学術に優れた若者を連れてこさせます。

 

 

こうして郡内をくまなく探した結果、集まった若者は三人だけ。当時学問ができる人々は限られており、この時点で犯人はかなり絞られていたのです。

 

 

その後、国淵は三人の若者に向かって二京の賦を取り出し、若者たちにこう言い聞かせました。

 

「今まで勉強したものの中にはなかっただろうが、この二京の賦は素晴らしい文学である。にも関わらず、みんな粗末に扱っていてな。そこで今回、この二京の賦をテーマに勉強を開きたい。そこで、これが読める先生を探しているのだが……誰かいい人がいないか探してみてくれないか?」

 

 

つまり、見どころある若者の先生役というお題目で、犯人を絞り込もうというわけですね。

 

 

こうして先生役を探して出かけて行った若者たち。彼らが容疑者を特定するのは、それから十日後のことでした。

 

 

早速、若者たちはその容疑者を師として勉学に向かっていきましたが、国淵はこれを引き留めず、逆に役人を容疑者に派遣し、頼み込んで文書を書いてもらうようお願いしました。そう、これは筆跡鑑定のための証拠入手が目的だったのです。

 

 

保存していた批判文書と容疑者の文の鑑定結果は、黒。完全に犯人のものと一致していました。

 

 

これにより十分な証拠を提示したうえで、容疑者の男を無事に逮捕。後に男は犯行を認め、無事に事件解決に至ったのです。

 

 

 

 

とまあこのように文官としての知恵と探偵力に非常に優れた国淵でしたが、太僕(タイボク:高級官僚。牧畜業や軍馬生産を統括)にまで上り詰めましたが、在職中に死去。子の国泰(コクタイ)も曹操によって任用されたそうです。

 

 

 

 

十倍ってすごくね?

 

 

中国ではこの後もたびたび史書や国による誇張がなされてきますが……十倍とかマジかよ……。

 

 

いや、兵を多く見せるとか示威行為での水増しというのは良くある話ですが、よもや史書だけでなく当時の事後報告までそれが普通というのは素直に驚きです。

 

 

さて、そんな国淵の人となりですが……ズバリ、清貧で謹厳実直。

 

 

法務官として仕えていた時も議論では厳正な態度で臨み、しばしば本音を語ったそうですが、それでも議論が終わってまで恨みつらみを持ち出すことはなかったそうです。

 

晩年には大臣クラスの官位にまで上り詰めていますが、やはり贅沢は一切せずに、粗末な衣服に身を包んで、食べ物も贅沢とはかけ離れていました。金にもまったくの無頓着で、得た給料も余ったものは親族や友人のために使ったとありますね。

 

 

事績だけを追うと「おべっか使いの太鼓持ち」と見えてしまう部分もありますが、こういった私生活の記述を見るに、明らかにそういった輩とは真逆。私利私欲をそもそも持たない功利主義者とでもいうべき姿が想像できそうです。

 

 

スポンサーリンク

 

メイン参考文献:ちくま文庫 正史 三国志 2巻

 

 

正史 三国志〈2〉魏書 2 (ちくま学芸文庫)

中古価格
¥236から
(2017/11/12 20:43時点)

このエントリーをはてなブックマークに追加

関連ページ

曹操
三国志の主人公と言えば、一般的には劉備が思い浮かばれるかもしれませんが、正史基準に考えてマジで答えを出すなら、この人こそ主人公にふさわしいと言えるでしょう。
曹丕
魏の初代皇帝は実はこの人。悪ふざけが過ぎたりする辺りやはり曹操の子ですが、こちらはおふざけの質が心理攻撃に偏っているためドS王子と呼ばれることに……
曹叡
別名・土木の鬼。宮殿を大量に増設して国の財政を傾けた暗君みたいに言われることもありますが、それは貧民層に仕事を与えて救うための政策という説も……
卞氏(武宣皇后)
貴賤でいえば「賤」に属する身分の人でしたが……曹操は才女を見つけるとそんなものお構いなしにかっさらうのです。実際、よくできた人だったんだなと。
曹彰
本当はもっと下の方に伝が記載されている人物……。曹操の息子の中で、武勇ひとつのみを、それもかなり色濃く継いだ人物です。
曹植
詩と言った言葉が伝の大半を占める男。
曹昂
死んで孝行息子となった長子。その実力は史書からは計れず未知数……
夏侯惇
魏の重臣筆頭格。曹操軍のメインヒロインです。
韓浩
屯田制で有名な人。他にも何人も携わっていますが、彼ばかりが有名に……
史渙
曹操軍初期の勇将……なんだがどうにも影が薄い……
夏侯淵
別名・白地将軍。これは蔑称だから敬意を表してこう呼んじゃあかんよ。
曹仁
( ゚∀゚)o彡゜てっぺき!てっぺき!!
曹純
曹仁の弟で、曹仁伝のついでに記述あり。 文句なしの名将……のはずなんですが、活躍期間がネック……
曹洪
ドケチでがめつい人。ですが、忠義に厚くここ一番で魅せてくれる頼れる人物です。
曹休
とうとう無双最新作にも出演が決まりましたね。無能脱却なるか?
曹真
ハイパーチートデブ。人知勇すべてを持ち合わせる贅沢ぶりは、まさに将の中の将。 息子が残念なことでも有名です。
曹爽
豚になったさわやかさん
鄧颺
曹爽の取り巻きその1
丁謐
親父はそこそこ面白い人なんだけど、この人は……いや、司馬懿に喧嘩吹っ掛けたんだから大したものか。
畢軌
みんな大好き曹爽軍団の一員だよー
何晏
ヤク中にして仲間を見殺しにしようとする外道、そのくせ文学の才能は随一と言えるほどに突出……なかなか面白な人物です。
李勝
名前通りにはいかなかったよ
桓範
曹爽の取り巻きで唯一まとも・・・と思ったらDVの逸話があったでござる。
夏侯尚
ヤンデレ感漂う曹丕のマブダチ。
夏侯玄
優秀な外戚の人材なんですが……下手に人望があり過ぎても自滅するんだなって……
荀彧
穏やかで頭が良く、漢室への忠誠心の高い宰相…………と思っていたのか。
荀攸
打つ手に失策無し。賈詡と共にそう評されたガチ軍師。この人は戦場で策を練っている方が強く、むしろそういう仕事が専門だったのでしょう。脳筋絶対殺すマン。
賈詡
三国志の最優良軍師の一人。暗黒……?
袁渙
袁紹らと同族、つまり名族!
張範
なんつーかニート。すっげえニート。立派な人ですがニート。
涼茂
暴君相手に啖呵切って諫めた人。でもこの話の信憑性は微妙な物で……
王脩(王修)
田疇はしばしば胡散臭いと言われますが……この人の忠義が胡散臭いとケチをつける声はまず聞きません。すげぇよ……仕えたのは袁譚なんだぜ。
田疇
ぶっちゃけ独立勢力でしょ、この人。
鮑信
曹操は後漢末の乱世において天下を統一寸前まで平定した英傑。その前半生で彼を評価した人物は数少ないですが、やはり見る人は見ているのです。
鍾繇
鍾会の親父さん……ですが、それ以上のアピールポイントが山ほどあるのに目立たないのが不思議だなと思いました。山椒。
華歆
正史では持ち上げられすぎなくらいの聖人君子、演義ではどうしようもないクズ。落差が激しすぎやしませんかね←
王朗
ただの国賊扱いとか遺憾でござる
程昱
けっこう有名どころですが、やはり知名度はまだ二流。 ガチムチの、気骨あふれるおじいさん。
郭嘉
天才軍師。そこに何らかの間違いがあるわけではありませんが……傅子の誇張表現どうした←
董昭
演義ではベジタリアン。本当この人って暗黒よね。なんだかんだいい人っぽい感じもするけど。
劉曄
こっちはガチな皇族。にもかかわらず人を殺したりアグレッシブ!
蒋済
キレッキレ酔いどれ軍師。この手の策士や謀臣はどうにも情に薄いとか心無いとかそういう印象を受けますが……この人を見ればその先入観も薄れるはず。
劉馥
短歌行で反発して斬られた人物として有名ですが、それは演義のお話。正史だと、「トンデモな能力を持った名政治家」の一人として、ひっそりと歴史に名を馳せてます。
温恢
合肥の緩衝材にしておそらく軍事の専門家。
賈逵
かきふらい
李孚
袁紹軍の文官で、後曹操軍に。こんなマニアックな人物、誰が知ろうってんだよ……
任峻
屯田政策試用の実行者。扱いは武官でいいのかな?
杜畿
激流に身を任せどうかしてしまった結果亡くなった人。つまり死因:溺死。報われねぇ……
倉慈
ネットで検索すると、大抵「掃除」に関するあれこれが出てくるような人。政治家としては、「恐れられながらも敬愛される」という最高の資質を持った辺境伯です。
張遼
魏の中でも最強クラスのレジェンド。
楽進
ちっちゃい突撃大将。最近無双シリーズにも顔を出しましたが、それまではどうにも地味。しかし、魏でも五本指に入る大将とも言われた武将で、その実力は折り紙付きです。なお資料の少なさ……
于禁
スミマセン、擁護のためとはいえ、記述と比べてもいろいろ書きすぎました……
張郃
無双だとなぜか美しい人。武官で食邑4300戸ってすごくね?
徐晃
用意周到な無敗の将軍。この人のやってること、再現しようとすると気が遠くなりそうです。
朱霊
不遇の歴戦武将。徐晃伝に彼の伝が付伝されていますが、載っている事績は失態だけ。活躍はまったく別の人物伝ばかりという。なにこれ、いじめ?
李典
無双では勘の人、三國志シリーズではハイバランスながら凹凸のないフラットな能力。武官だけど学者志向。そんな人。
李通
魏が誇るTHE・勇将の一人。なんか魏って猛将タイプの影薄いよね。
臧覇
どっかで「めっぱ」とか間違って読まれてた人。 まあ、マイナーだから仕方ないね!
孫観
臧覇の部下代表。
文聘
ブンペイペーイ(゚Д゚)
呂虔
これまたマイナーどころ。名太守です。
許褚
ゲームではだいたいほんわか癒し系。
典韋
どのゲームでも人情派の荒くれとして出るゲームですが、実際の出自もそんな感じだったとか……。なおスキンヘッドだったかどうかは不明。
龐徳
ヘッポコ于禁との対比として祭り上げられる勇将。
王粲
三国志の文学者代表格。前半生がブサメンの悲哀を物語っている……
桓階
正義のためなら伝統も破る。不義理のイメージをとことんぶち壊す帝王擁立論者です。
陳羣
謹厳実直なエリート官僚ですが、九品中正法や曹操への物騒な提案などから、腹黒な食わせ物の可能性が……
楊俊
やる気のないニート・司馬懿の実力を見抜いた眼力の持ち主。
趙儼
まったくと言っていいほど目立たないものの、曹操軍の影の柱石と言ってもいい大人物。
孫礼
猛獣狩りと孤軍奮闘に定評のある人物。というか孤立無援の中戦うとか虎を徒歩で追い払おうとするとか、本当何なんこの人。
満寵
誰かがこの名前をオンラインゲームで名乗っていた時、三国志ファンを名乗る腐女子から「卑猥な名前をつけるな」と怒られたことがあるらしい。なぜだ。
田豫(田予)
北方にて異民族と戦い続けた定住型傑物。陳寿も 「あの程度で終わる人間じゃないだろ」と述べていますが……
牽招
田豫に次ぐ北方エキスパート。この人も地味に劉備と関係持ちなのね……。というか、この人も大概モーヲタなのが面白いです。
郭淮
魏軍きってのピンチヒッター。しかし病気には弱いようで、大事な局面で二度も……
徐邈
酒、聖人、酒ェ!!
王淩
言う事聞かない人。後戻りできず専横路線に乗り切った司馬懿に対し、齢80で喧嘩を吹っ掛けるという剛毅なお方です。
毌丘倹
連鎖反応に巻き込まれての反逆、処刑。おまけに名前が覚えにくいから覚えても貰えない。何とも不遇な……
鄧艾
吃音で有名ですが、たぶんアスペルガーも併発してたんじゃないかな?
薛悌
誰この人と思って調べたら普通に傑物だったでござる
閻行
人物伝第一号がまさかの超マイナー武将。 「こいつ誰だよ」って人も多いでしょうが、実はとある有名武将を一方的に叩きのめしたことも……
殷署
微妙に強そうな人……だし実際に大物くさいが、記述は……うん。
棗祗
屯田は大反対の嵐で曹操自身も難色を示したのですが、一部部下が強固に主張したので結局実行、思いがけない成果を上げました。棗祗は、特に強固に主張した人物ですね。
高祚・解𢢼
正直、ただの一発屋。人物伝の主役に取り上げるのも同化という人物ですが、面白いのでやります。
師纂
彼が悪なのか鄧艾が悪なのか……
韓綜
オヤジが偉大でも当人が偉大であるとは限らないのである。人格オワタ式。

ホーム サイトマップ
お問い合わせ