曹純 子和


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曹純 子和

 

 

生没年:?~建安15年(210)

 

所属:魏

 

生まれ:豫州沛国譙県

 

 

曹純 騎兵 騎将 虎豹騎 名将 騎馬隊

 

 

 

曹純(ソウジュン)、字は子和(シカ/シワ)。曹操(ソウソウ)の従兄弟、同時に曹仁(ソウジン)の弟であり、曹一族おなじみの「やたらハイスペックな名将」の一人で、曹仁伝の付録として彼の伝も残っています。

 

北方の遊牧民族ともガチンコ勝負で競り勝てるだけの精鋭騎馬隊を率いており、曹操からも「無類の騎馬指揮官」として評価されていた人物なのですが……どうにも活躍時期が短いのがネック。

 

 

純粋な能力、功績だけならばメディアでもある程度以上の人気を博すこともできたのでしょうが……彼の場合、人気以前に認知度を上げるための活躍期間が短かった!

 

 

今回はそんな悲しみを背負った、曹純の記述を辿っていきましょう。

 

 

 

 

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曹仁を差し置いて……

 

 

 

曹純は十四歳のころに父親を亡くし、曹仁を差し置いてその家業を継ぎました。

 

というのも、曹仁はこの頃、超ヤンチャな不良少年。すでに家を出て行って好き勝手暴れ回っており……おそらく親族も彼では不安なため、曹純を後継ぎに据えたのでしょう。

 

 

というわけで裕福な家庭を築いた父の跡を継いで、そのまま家を切り盛りすることになった曹純ですが……後漢末の武将をまとめた『英雄記』によると、その手腕は実に見事な物だったと言われています。

 

数百人という数の召使や食客を規律正しく監督し、筋を通して管理していた為、彼の有能さは周囲の認めるところだったとか。

 

また、学問も好きで学者を家に招いて講座などもしてもらい、学者を敬愛したため、曹純は学問の道でも人気者になったようです。

 

 

 

さて、こうして若いながらにしっかり家を切り盛りしていた曹純は、十八歳になると黄門侍郎(コウモンジロウ:勅命の伝達係。立派な官職)に任命され、役所勤めをスタート。

 

しかし二年後、二十歳になる頃には曹操の配下として彼の募兵に同行。以後は曹操の一族兼配下として、彼の戦いに参加するようになったのです。

 

 

 

 

虎豹騎無二の指揮官

 

 

虎豹騎(コヒョウキ)と言えば、ごくたまーにメディアでも登場する、曹操軍の最精鋭騎馬部隊です。

 

その指揮官も選りすぐりの人物でなければならず、「百人の将校の中から一人を選抜することもあった」とも記載されており、曹純以前では、曹操の息子同然の曹休(ソウキュウ)、曹真(ソウシン)が率いていました。

 

が、領土が広がり戦火が増えるにつれ、彼らとは別の指揮官をつけようと曹操は考えました。

 

 

当然、凡庸な将軍では務まらない大役で、なおかつすでに大身となっている曹操配下の将を指揮官に回し、布陣に穴を作るわけにもいきません。

 

 

散々頭を抱えて悩んでいた曹操ですが、悩みぬいた果てに白羽の矢が立ったのが、曹純でした。

 

 

 

そして曹純が虎豹騎を率いるようになると、大変部下をかわいがり、しっかりと能力を活かすように指導。兵たちもそんな曹純を信頼し、いつしか虎豹騎はしっかりと統率のとれた最強軍団となっていたのです。

 

 

 

 

 

虎豹騎無双

 

 

さて、そんな曹純の虎豹騎隊が最初に史書に名を挙げたのは、官渡で敗れた袁紹(エンショウ)の病没後、跡目争いを起こした袁紹の息子たちを攻撃した時のことです。

 

曹操は一度和睦したものの裏切った袁紹の長子・袁譚(エンタン)を攻め上げ、本拠地・南皮(ナンピ)に追いつめました。

 

 

が、腐っても袁紹の息子。袁譚らの激しい抵抗に曹操軍の被害は甚大。あと一手というところがなかなか決まらない状況でした。

 

 

「一度出直そうか……」

 

 

そう考えていた曹操ですが、曹純はこれに反対し、以下のように意見します。

 

 

 

「今、我が軍は遠征軍としてここに居ます。遠征の失敗は威信にかかわり、ここで失敗を認めれば威光は失墜し災いを招くでしょう。
幸い、勝ちに乗った敵は浮かれており、我が軍は敗北で慎重になっています。今浮かれている敵を叩けば、必ず勝てるでしょう」

 

 

この曹純の意見を聞いた曹操は、南皮の城を猛攻。曹純も虎豹騎を率いて城内に突入し、敵大将である袁譚を討ち取ることに成功したのです。

 

 

 

その後、後継者争いを起こしていた三男の袁尚(エンショウ)が、曹操に追いつめられて北方の騎馬民族・烏丸(ウガン)と同盟。

 

精強で知られる烏丸族の騎馬隊は曹操と敵対し、根城に軍を構えます。

 

 

対する曹操は、参謀・荀彧(カクカ)の「兵は神速を貴ぶ」の助言を受け、騎馬隊などの少数精鋭を率いて五百里にもなる悪路を走破。

 

 

補給も無し、疲労困憊という状況で烏丸の精鋭部隊と対峙してなお、曹純は名将・張遼(チョウリョウ)と共に討伐軍の中核として敵陣を散々に打ち破ります。

 

曹操が敵を騙して油断させていたというのも大きいですが……相手は騎馬戦のエキスパート。それを打ち破るなんて何者……。

 

 

 

ともあれ、こうして烏丸の陣営を突き崩していき、ついに曹純率いる虎豹騎は烏丸の単于(王)である蹋頓(トウトン)を捕縛。名のある将も多数打ち破り、曹操軍の大勝に華を飾ったのです。

 

 

こういった活躍もあって、曹純は高陵亭侯(コウリョウテイコウ)の爵位と領土を与えられ、諸侯のうち一人に封ぜられました。

 

 

 

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その死はあまりに早すぎた……

 

 

その後南に兵を向けた曹操ですが、曹純の虎豹騎はここでも顔を出します。

 

 

荊州の相・劉琮(リュウソウ)が降伏したことにより、その客分で曹操と敵対していた劉備(リュウビ)が逃亡。曹純の虎豹騎は、逃げる劉備を猛追し、劉備軍を壊滅。さらには大量の輜重、捕虜兵、劉備の二人の娘までもを確保し、悠々と南へ向かって大都市・江陵(コウリョウ)を手中に収めたのです。

 

 

しかし、後の赤壁の戦いでは曹操軍は惨敗。逃げる曹操の護衛をしつつ本国まで無事に逃げ帰りますが……その二年後、曹純は若くして死去。

 

虎豹騎の最適な指揮官を失った曹操はこの死を嘆き、「奴ほどの適任は二度と現れまい」と判断し、以後は自分自身が虎豹騎を率い、後任を充てなかったそうです。

 

 

後は息子の曹演(ソウエン)が継ぎ、後に将軍職に就いて爵位も上がったそうですが、この息子についてはどんな人物だったかは不明です。父の風格があったか、はたまた単なる七光りか……

 

 

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