許褚


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許褚 仲康

 

 

生没年:?~?

 

 

所属:魏

 

生まれ:豫州沛国譙県

 

 

勝手に私的能力評

 

許褚 魏 曹操 癒し系 虎痴 驚異の予知能力 怪力 化け物 個人武勇最強候補

統率 C 部隊指揮のイメージはないが、実は曹操親衛隊を率いて結構活躍している。
武力 S 睨むだけで馬超がビビッて警戒した。
知力 D+ 頭のいい逸話は見つからないが、直観力だけでいえば間違いなく特上クラス。
政治 E 護衛に政治力など不要!
人望 C 主君からの寵愛が厚く、名声もあった。ただし馬超の言葉からも、本名より虎痴のあだ名のほうが独り歩きした可能性が……

 

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許褚(キョチョ)、字は仲康(チュウコウ)。典韋(テンイ)に続く、曹操の大事なボディガードですね。

 

「戦場では虎のように猛々しいが、何もないときはボーっとしている」という意味合いから虎痴(コチ)というあだ名が付けられており、おおよそ小説やゲームなどの媒介でもそれに準じたような性格で登場していますね。

 

 

そんな許褚ですが、主には曹操のボディガードという限定的な立ち位置にありながら、独自の伝をあてがわれています。

 

 

今回は、そんな彼の伝を追ってみましょう。

 

 

 

 

 

 

怪力無双

 

 

許褚は、実は曹操に仕える前からすでに戦いの経験があります。

 

というのも、許褚が初めに名を挙げたのは、自衛軍として独自の軍勢の一長としてのこと。

 

 

許褚の率いていた軍勢は、一族や付近の若者を集めた千世帯余りと言われています。それぞれが手を取り合い、防壁などを作って山賊たちから自分たちの土地を守って暮らしており、軍勢というよりは自衛のための武装農民といったところでしょうか。

 

 

これまで襲撃を統べて撃退し、ある程度平穏に暮らしていた許褚たちですが、ある時、汝南(ジョナン)の葛陂(カッピ)という土地を荒らしまわっていた大規模な賊軍1万余りに攻め込まれ、村落は危機を迎えていました。

 

 

許褚らは自分たちをはるかに上回るこの大軍相手に奮戦しますが、所詮は多勢に無勢。民兵たちは疲労困憊し、武器の備えも枯渇。さらには蓄えた食料も底を尽き、いよいよ対抗できないでいたのです。

 

 

そんな折、許褚はいよいよ動きます。まず、村落の男女に命じて、升や湯飲みサイズの大きな石を砦の四隅に配置させます。

 

許褚は医師の準備を見届けると、自ら敵軍に向けて投石を開始。石の大きさと許褚自身の並外れた膂力によって生み出された破壊力は、当たった者を文字通り粉砕し、敵軍を恐慌させて攻めの手をパッタリ止めさせるほどだったと言われています。

 

 

その後、食料が尽きかけているため持久戦は不可能と判断した村落は、山賊勢力との和睦を決意。敵との取引のため牛を一頭用意し、使者として許褚が赴きます。

 

しかし山賊の持っていた食料と牛を交換し、さあ帰ろうかという途中、山賊に渡した牛が突然暴れ始め、許褚たちの元へ帰ってきてしまったのです。

 

 

とうとう逃げ帰ってきた牛を見て、許褚は山賊の元に再び送り届けようとしますが……この時の方法がとんでもないものでした。

 

 

なんと許褚は、片手で牛の尾を握りしめ、そのまま引きずって山賊たちに牛をデリバリー。実に100歩ほど、あの牛を生きたまま引きずり回したというのだから驚きです。

 

 

そんな許褚を見た山賊たちは、それはもう目玉が飛び出るくらい驚愕したことでしょう。事実、牛の受け取りを丁重にお断りし、そのまますごすごと逃げ帰ったそうです。

 

ちなみに許褚の馬鹿力は周辺にも噂になり、周辺では許褚はたいそう怖がられたとか何とか。

 

 

 

 

 

曹操軍の衛士として

 

 

 

曹操(ソウソウ)が許褚の住んでいる付近を手中に収めると、許褚は曹操に帰順し、そのまま仕えることになります。

 

この時曹操は、「我が樊噲(ハンカイ:漢の高祖・劉邦の衛士)」と称し、即座に自身の宿直警護に任命。さらには許褚が率いていた面々を虎士(コシ)と呼び、彼らも近衛兵として取り立てられました。

 

 

その後の張繍(チョウシュウ)征伐の折には、先陣を率いて五桁というおぞましい敵を討ち取るという意味不明獅子奮迅の働きを披露し、曹操の言う樊噲の名は飾りではないことを証明。校尉(コウイ)として指揮官にも抜擢されています。

 

 

その後、袁紹(エンショウ)との間で起きた官渡(カント)の戦いにも従軍。

 

 

 

袁紹が亡くなると、その本拠であった鄴(ギョウ)を攻め立てる際にも力戦奮闘し、許褚は曹操に気に入られたまま関内侯(カンダイコウ)という爵位を与えられ、諸侯に封ぜられました。

 

曹操からの信頼が厚く、しかもそれに全力で応える許褚の姿がよくわかります。

 

 

 

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衛士の第六感?

 

 

さて、許褚が諸侯に封ぜられる前……だいたい記述からして官渡の戦いの戦いの前後でしょうか。

 

曹操に随行する兵士に徐他(ジョタ)という者がいて、彼は誰かの意思か自分の考えか、曹操を暗殺しようと計画を練っていました。

 

 

しかし、曹操の近くに侍っているのは許褚。やたら腕っぷしの強い怪力の勇士がいる以上、暗殺の成功率は低く、徐他は行動に二の足を踏んでいました。

 

 

 

そこで、許褚が休暇の間にひそかに曹操を討ち取ろうと徐他は思いつきます。

 

 

許褚の動きをしっかりと観察し、休暇中に許褚が外に出るのを見計らって、徐他はついに暗殺を決行。短剣を懐に隠し、曹操のいる幕舎へと突入。そこで徐他は信じられないものを見て愕然とします。

 

 

なんと、休日で外に出かけていたはずの許褚が、どういうことか曹操の護衛についていたのです。

 

 

実は許褚、この日は休暇のため外出しようとしていたのですが、何やら妙な胸騒ぎがしたのですぐに戻り、休暇を返上して曹操を護衛していたのです。

 

 

いないはずの許褚を見てうろたえる徐他。その様子を見て、許褚は暗殺計画を勘で察知。

 

 

結局徐他はその場で討ち取られ、曹操はより一層許褚に信頼を置いたのです。

 

 

 

 

 

錦馬超すら脅かす武

 

 

 

それまで同盟関係にあった馬超(バチョウ)らが曹操と敵対すると、許褚もその戦いに名前を出します。

 

 

曹操は川を渡り、背後から馬超軍を攻撃する策を実行に移しますが、その途上、曹操を守るのが虎士隊100人余りと、かなり手薄になっているタイミングがありました。

 

さて、そんな機を見計らってか、突如として馬超が自ら曹操を奇襲。1万の軍勢で手薄な曹操軍を攻め立てます。

 

 

これを見て守り切れないと見た許褚は、曹操に強行渡河を提案。すぐに曹操を船に乗せ、敵の矢を掻い潜りながらの渡河を開始したのです。

 

 

 

この時、死の恐怖を感じた兵士が船に殺到して沈没しそうになりましたが、許褚は船によじ登って来る兵士を斬り捨て、馬の鞍を盾に矢をしのぎながらの逃避行になったと伝えられています。

 

 

さらには敵の矢により船頭が戦死した時には、馬鞍で敵の矢をガードしつつ、空いていた右手で船をこぎ、この活躍で曹操はようやく向こう岸までたどり着けたのです。

 

 

 

後日、策の一環として、曹操は自らほぼ単騎で馬超と会談。この時に曹操は、ボディガードとして許褚のみを随伴させています。

 

 

実は面会に応じた馬超は、この時どさくさに紛れて曹操を討ち取ろうと決意。しかし馬超も許褚の話を聞いており、その武勇を警戒していました。

 

 

そこで馬超は、無暗に動かず、まず曹操に「虎侯っという者がいるらしいが、どこかな?」と質問。

 

 

馬超の質問に、曹操が許褚を指差すと、許褚は馬超をにらみつけて威嚇します。

 

「さすがにこんな奴を掻い潜って曹操を討ち取るのは無理か」

 

許褚の威圧感にそう考えた馬超は、暗殺を断念。結局軽く話し込むだけで、何もせずにその場は解散することになったのです。

 

 

ちなみに「虎侯」という呼び名は、許褚の「虎痴」のあだ名が有名だったためで、馬超がこのあだ名を本名と勘違いしたためとか何とか。

 

 

 

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その後の許褚

 

 

 

馬超と面会した数日後には馬超と本格的に戦い、ここでも許褚自ら首級を挙げて、武衛中郎将(ブエイチュウロウジョウ)に任命されます。

 

この「武衛」という文字は、まさしく許褚のための特別な称号で、彼こそが起源だと伝えられています。武を以って衛る。まさに許褚にふさわしい称号ですね。

 

 

 

法に準ずる誠実な護衛

 

 

陳寿の評によると、

 

許褚は慎み深い事柄で、法を順守し、口数は少なかった

 

とあります。

 

虎痴というあだ名を元から察するに、茫洋としてつかみどころがなく、それでいて節義のある誠実な人物だったのでしょう。

 

 

その性格の一端を表す逸話として、曹操の一族にして重臣である曹仁(ソウジン)とのやり取りがあります。

 

 

曹仁が荊州の任地からはるばる謁見に来た時のこと。

 

曹仁曹操が仕事に来る前に到着してしまったのだが、そのまま政庁の中に入り、宮殿の外で許褚とバッタリ出くわした。

 

 

せっかくだからと「中でちょっと話をしようぜ」と持ち掛ける曹仁だったが、許褚は「王(曹操)はもうじきお出ましになるでしょう。もう少しお待ちください」と言い残し、宮殿内へ。曹仁はこれを快く思えず、内心恨んだとか何とか。

 

 

許褚の融通の利かなさを咎める人もおり、「曹仁様はご一族の重臣でいらっしゃる。そんな人物がへりくだっておられるのに断るとは何事か」と口にした。

 

 

そんな質問に対する許褚の返答は、

 

「ご親族であられる以前に、あの方は外部を守る将軍。方や私は朝廷のたかだか臣下の一人。大勢いる中で談合できれば十分ではないか。個人的な付き合いをする必要がどこにあるのか」

 

 

これを聞いた曹操は許褚をさらに重用し、中堅将軍(チュウケンショウグン)に昇進させた。

 

 

「頭が固い」と言えばそれまでですが、「節義のある男」という見方もできますね。どちらと受け取るかはその人次第……

 

 

ちなみに許褚は曹操が亡くなった後も息子の曹丕(ソウヒ)の護衛として引き続き仕え、曹操が育て上げた魏が漢王朝にとって代わるのを見届け、以後は歴史の表舞台に立つことなくひっそりと史書からフェードアウトしていきます。

 

 

曹操が亡くなったときは吐血するほどに号泣したとありますし……もしかしたら、曹操の死と共に許褚も燃え尽きてしまったのかもしれませんね。

 

 

 

許褚の取り巻き:虎士

 

 

さて、許褚が率いていた近衛隊:虎士についても少々。

 

 

この虎士隊、実はかなりの武芸者揃いだったようで、曹操からは「みんな壮氏」と評され、すでに指揮官クラスの地位にいたようです。

 

 

虎士隊から排出された大物は数多く、高級指揮官である校尉(コウイ)や都尉(トイ)に選ばれたものは100人余り、さらに上の地位である爵位持ちの将軍には数十人が選ばれたと言われています。

 

当然、これらは虎士隊員一人一人が自ら立てた軍功を考慮しての選抜なのだから驚きです。

 

 

曹操軍の「虎」の字がつく部隊は、どうしてこう意味不明な強さを誇るのか……

 

 

 

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