桓階


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桓階 伯緒

 

 

生没年:?~?

 

 

所属:魏

 

生まれ:荊州長沙郡臨湘県

 

 

 

 

桓階(カンカイ)、字は伯緒(ハクショ)。この人は反乱をそそのかした事があり、おまけに与太話ではみんなの漢帝国を終わらせようとした奸臣のようにも書かれています。

 

が、実際に伝を読んでみると、なんというか、うん。正義の人? 見かけの安っぽい大義を主張する安っぽい人ではなく、典型的な教師タイプとして人にアドバイスを送り、しかも自分を曲げない人物なのかなと思えてきます。

 

 

実際に反逆の経験があるにもかかわらず気持ち悪いくらい信頼を勝ち取っていますし、何より讒言を受けて小物と半ば決定された人物を弁護、場合によって推挙すら行う人物は、やはり歴史上にもそういるものではないでしょうか。

 

 

 

 

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最初の仕え先は……?

 

 

 

何とも意外なことに、桓階を最初に見出したのは、彼が役人として働いていた時に長沙太守をしていた孫堅(ソンケン)でした。桓階は、孫堅が推挙してくれたおかげで中央に召し出され、尚書台(ショウショダイ:宮中文書を取り扱う部署)の役人に取り立てられました。

 

しかし、折悪くも桓階の父親が死去。知らせを受けた桓階は、喪に服すために仕事を辞め、故郷に帰還することに。

 

 

その上さらに訃報は続き、今度は自分を推挙された孫堅が、劉表(リュウヒョウ)らとの戦いで戦死。遺体は劉表軍の手に渡ってしまったのです。

 

恩人の死に泥を塗られてはならないと考えた桓階は、ここで危険を顧みず、ほとんど敵といっても過言ではない劉表の元に単身で出頭、孫堅の遺体を預けてもらうように交渉し、その義侠心に免じて孫堅の遺体を与えられたのでした。

 

 

その後、長沙太守として劉表配下の張羨(チョウセン)が派遣され、やがて建安3年(198)、これまで同盟者であった曹操(ソウソウ)と袁紹(エンショウ)が決裂。決戦まで秒読みの状態となり、周辺勢力もどちらに付くか選択を迫られました。

 

 

この時、戦力は袁紹が圧倒しており、また元々同盟者という関係もあって、劉表は袁紹に味方します。

 

が、この時、桓階はまったく別の事を考えていました。

 

 

「袁紹のやり方は道義に反するし、それに味方する劉表も同様だ。彼らに靡けば、やがて災禍に巻き込まれる」

 

 

桓階は、太守の張羨にこのように説き、「曹操に味方なさいませ」とそそのかして反乱を示唆したのです。

 

一方の張羨も実は劉表と壊滅的に仲が悪かったため、これに全力で同意。長沙、零陵(レイリョウ)、桂陽(ケイヨウ)の三郡を率い、長江を防護壁に見立てて劉表を迎え撃つ算段を立てます。

 

 

さらに曹操にも使者を送り、味方であることをアピールしたのですが……曹操軍と袁紹軍がぶつかると、桓階の想定外の事態が起こります。

 

袁紹軍はもともと精強で、一枚岩ではないとはいえ団結さえできれば圧倒的に協力。その圧倒的戦力に追いつめられ、曹操軍が逆に窮地に陥ったのです。

 

 

こうなっては、曹操の南進は期待できません。結局劉表の物量に押されはじめ、その途上で張羨が病没したことで反乱軍は瓦解。城は陥落し、桓階は潜伏し、姿を消します。

 

この潜伏生活の途中で劉表に見つかり、殺すどころか逆に軍師格の人物としてスカウトされますが、桓階にその気はなかったようで「所帯を持ってますので」と拒否したとか。

 

 

 

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太祖様にゾッコン?

 

 

 

そんなこんなで劉表の招聘は断ってしまった桓階でしたが、後にようやく荊州侵攻を開始できた曹操が属官としてスカウトすると、桓階はこれに応じて曹操配下に。後に趙郡太守に就任しています。

 

魏が国として成立すると、桓階は虎賁中郎将(コホンチュウロウショウ:近衛郡の指揮官)と侍中(ジチュウ:国主の顧問役)を兼任することに。

 

 

また、曹操の後継者争いがおこると、桓階は年長である曹丕(ソウヒ)に味方。また、曹丕の弟である曹植(ソウショク)擁立派の丁儀(テイギ)が曹丕派の人物を讒言していくと、桓階はその擁護に専念。

 

失脚してしまった毛玠(モウカイ)が投獄されるとこれを擁護して免職に減刑させることに成功します。その後、魏諷(ギフウ)という人物の反乱によって責任を問われた楊俊(ヨウシュン)が左遷されると、桓階はその後任として徐奕(ジョエキ)という人物を推挙。

 

このように、曹植派の讒言で危機に陥った人物らを擁護することに専念し、その功績が認められて後に尚書(ショウショ:尚書台所属の他部署への助っ人)として官吏の考課を行うことになりました。

 

 

 

建安24年(219)に曹操の信頼する将軍・曹仁(ソウジン)が関羽(カンウ)に攻められて危機に陥った時も、周囲が「御自ら出陣を!」と主張する群臣の中、桓階は反対意見を述べたとされています。

 

その時の問いがあたかも教師っぽくて面白かったので、ちょっと抜粋。

 

 

桓階「殿は、曹仁殿らがこの問題に対処できるとお考えですか?」

 

曹操「できるだろうな」

 

桓階「では、防衛に当たっている将兵が実力を発揮できないでのしょうか?」

 

曹操「いや、違う」

 

桓階「すでに援軍として徐晃(ジョコウ)殿らも戦線へ参加していらっしゃいます。ならばなぜ、ご自身で行こうなどと思われるのでしょう?」

 

曹操「敵が多すぎて対応しきれないのを懸念しているのだ」

 

桓階「曹仁殿らは今、決死の覚悟で戦っておられます。現在我らには余力があることを天下に示しておられるというのに、敗戦の心配をなさるべきではないでしょう」

 

 

要するに、曹操の不安そのものを、必死に戦う曹仁らの奮戦を無にしてしまいかねないという意味合いでしょうか。実際に魏では異例の緊急事態として対処されていましたが、それがバレてしまっては外交情勢が崩れてしまう、難しい状態でした。

 

ともあれ、桓階の言葉もあって曹操は曹仁への直接救援を取りやめ、魏は余力を残したまま関羽らを撃退することに成功しました。

 

 

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魏帝国誕生

 

 

 

さて、桓階といえば、魏帝国の誕生を待ち望んでいた人物の一人という記載がされている文献も数多くあり、実際に『魏書』をはじめ多くの資料で「漢王朝に次ぐ新たな王朝をお立てください」と曹操に告げています。

 

また、自分が推した皇太子の曹丕曹操の後を継いだ時にも、何度か同じような内容を上奏。これらに至っては、陳寿の書き記した三国志本文にも記載があります。

 

 

この辺は桓階の名だけを知っている層に「桓階=不道徳不義理」の印象を与える要因であり、実際に義理の値が存在する三国志作品では桓階の義理は低く設定されています。

 

また、『世語』や『曹瞞伝』には、夏侯惇(カコウトン)による「蜀を滅ぼすのが先だ」という声と対立したという逸話もありますが……孫盛はそんな桓階不道徳説に「彼は節義を守る人だ!」と強く反発。当時にも、桓階の人格をめぐる意見は割れていたのかもしれませんね。

 

 

さて、そんな桓階が待ち望んでいた魏帝国ですが……曹丕が王位に就いてから数か月後、ついにその夢は実現することになります。

 

それを機に、桓階は尚書令(ショウショレイ:尚書台のトップ)となり、侍中も兼任。さらには高郷亭侯(コウキョウテイコウ)の爵位も与えられ、これまで以上の期待が寄せられます。

 

しかし、念願適って気が抜けたのか、桓階は病に侵されてしまったのです。

 

 

曹丕はそれを聞くと桓階の館を訪問。「俺の子の代には国の中心人物になってもらう予定なんだ。病なんかで死ぬなよ」と、そんな言葉をかけて桓階の爵位を安楽郷侯(アンラクキョウコウ)に引き上げます。

 

 

が、桓階に残された時はもう幾何もなく、病も重篤化。エールも込めて太常(タイジョウ:祭祀儀式の担当大臣)に就任するも、間もなく病死してしまいました。

 

諡は貞侯。息子の桓嘉(カンカ)がその後を継ぎました。

 

 

 

 

気骨ある正義漢

 

 

 

さて、他人に反乱をそそのかし、挙句失敗。そんな人物がこれほど高く評価される例は珍しいのではないでしょうか。

 

実際問題、桓階は私利私欲のために他人をいたぶるような人物ではなく、むしろ正しいと思った事や国益になると思った事は割と平気で提言するような人物のように思えます。

 

 

そんな桓階を陳寿が評するには、以下の通り。

 

成功失敗の事例をわきまえ、才能は当代に広く行き渡った。

 

 

名士というのは基本的に家柄や血統によって決まる部分がはるかに多く、それに加えて儒教的な道徳をどこまでしっかり実行できているかがランク付けのキモです。

 

 

しかしこの桓階という人物は、まあ名士といえば名士で間違いないのですが、どうにも血統よりも個人的才覚で多くの人物の評価を得てきた人物のようですね。

 

それに加えてその性格は剛毅でありながら一本筋、節義に厚いとなれば……曹操曹丕がとことん気に入ったのも納得です。

 

 

『魏書』にも「曹操は後継者争いの件で諫言を受け、正義を貫くのに熱心な人柄を知っていたのでより信頼するようになった」とありますが、そんな桓階だからこそ、本文には裏切り者でなく正義の人のように書かれることになったのでしょう。

 

 

 

 

 

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