程昱 仲徳


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程昱 仲徳

 

 

生没年:永和6(141)年~黄初元年(220)

 

所属:魏

 

生まれ:兗州東郡東阿県

 

 

勝手に私的能力評

 

程昱 長身 剛毅 強情 魏 曹操 袁紹 カニバリズム

統率 B 参謀=文官のイメージがあるが、彼は実は武官。水から兵を率いることもあった。
武力 D+ 武力や武名の話は聞かないが、剛直で人と衝突したらしい。また、背が高くいかつい爺さんだったとか。
知力 S 謀略、看破、何なら味方を脅すまで何でもござれ。引退時期まで考えると、他人と喧嘩ばっかりする割に処世にも長けていたようだ。
政治 A- 曹丕が宰相につけようと思うくらいには政治力もあったようだ。兵糧不足を訴えた曹操に対して、充分助けになる量の兵糧を手早く提供できた。が、その中には人肉を混ぜ込んでいたという説も……?
人望 D 腹黒陰険ジジイは演義の創作だが、あんまりにもドギツイ性格のため、謀反を企んでいるという根も葉もない讒言をされたことも。上記の人肉エピからも、彼の人望が窺い知れる。

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程昱(テイイク)、字は仲徳(チュウトク)。

 

主要人物には独自に伝が立てられていますが、彼はそんな伝を立てられた人の一人です。

 

 

元の名前は程立と言いましたが、後に曹操によって立の字の上に日を乗せて、「程昱」と名乗るように言われたとされています。

 

 

さて、この程昱ですが、曹操の優秀すぎる軍師陣の中でも特に飛び抜けており、曹操は一晩一緒に話しただけで、「こいつは腹心となってくれるに違いない」とその才能を見抜いたと言われています。

 

演義では何やら「悪役の参謀」にふさわしいような悪逆なおじいさんとして登場する程昱ですが、今回は彼の優れた知力の一端でも、知っていただけると幸いです。

 

 

 

 

 

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敵に回しちゃヤバい人

 

 

 

時は黄巾の乱のころ。程昱の住む県の重役が反乱軍に加担し、城を武力占拠した時に、彼の名前が初めて出てきます。

 

この反乱により城は奪われ、県の役人や住民たちが、東の山へと逃げ延びました。しかし、武力占拠を行った反乱軍は、財宝を略奪するだけ略奪したのち、堅固な城を捨てて、そそくさと城の外へと逃げてしまったのです。

 

 

 

これを見た程昱は「敵の数は少なかった」という目撃情報を入手すると、その場にいた豪族の長に一言。

 

 

「堅固な城を捨てて逃げたのは、元々の目的が財宝だったからです。城も捨て、穀物もそのまま放置しているのなら、きっと城を占拠するだけの兵力を持ち合わせていないでしょう。今の戦力でも十分勝てます」

 

それを聞いた豪族は納得しましたが、役人や町民たちは「山賊が戻ってきたら大変だろ! 俺たちは東の山に避難する」と猛反発。

 

 

目先の身の安全のために生活を捨てる民衆に呆れかえった程昱。彼は「馬鹿には相談できん!」と考え、とんでもない暴挙に出ます。

 

 

なんと、人を数人よこして、東の山を占拠。そして自身に賛同した人たちにこう言わせたのです。

 

 

「賊が東の山を占拠したぞ! もう城に籠って迎撃するしかない!」

 

 

 

うん、この人は敵に回しちゃいけないタイプの人だ(´・ω・`)

 

 

かくして、非戦闘員ばかりの集団で城を奪い返し、さらに慌てて攻めてきた反乱軍も迎撃して敗走させ、無事に故郷の平和を守ったのでした。

 

 

 

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愚者に気持ちはわかるまい

 

 

 

程昱のスタンスは、その後も「自分の正義は自分で貫く」「アホの言う事は聞かないし気にしない」というものであり続けました。

 

 

すでに智謀の士としてそこそこ有名であった程昱は、初平年間(190~194)に、兗州を治めることになった劉岱(リュウタイ)からスカウトを求められましたが、これに応じず。

 

しかし、劉岱に自身の妻子を預けていた袁紹(エンショウ)と、そんな劉岱に自軍の武将である范方(ハンホウ)を援軍として貸し与えるなど親身にしてくれていた公孫瓚(コウソンサン)が争い始めると、状況は激変します。

 

 

両軍の激突により公孫瓚の軍が袁紹を圧倒し始めると、公孫瓚は劉岱に対して「自分に味方するように」と説得の使者を派遣。劉岱が預かっていた袁紹の妻子を差し出すように要求したのです。

 

一方で、与力として送り込んでいた范方にも「劉岱が味方しないなら帰ってこい。劉岱めは袁紹の後に料理してやる」と言いつけていました。

 

早い話が、最後通告ですね。

 

 

 

そんな公孫瓚の態度にいよいよ日和見が出来なくなった劉岱は、「程昱なら何かを考え付くかもしれません」という参謀の意見を聞き入れ、程昱を呼び寄せてどうすればいいかを相談します。

 

 

すると程昱は、

 

「公孫瓚は領土が遠すぎて、戦力としてアテになりません。そもそも公孫瓚と袁紹の力量は歴然。袁紹を敵に回して、今この場で有利に事が運んだとしても、いつか必ずしっぺ返しを食らいます」

 

と、劉岱には袁紹に付くよう献策。劉岱はこの意見を受け入れ、袁紹との同盟を決意。その少し後に、追いつめられた袁紹は公孫瓚と逆転をかけた決戦を挑み、見事勝利。程昱の予言通りになったのです。

 

 

程昱の予知能力に感服した劉岱は、彼を再び好待遇で召し寄せようとしますが、程昱は病気を理由に拒否。程昱の目には、すでに劉岱の姿は映ってはいませんでした。

 

 

 

 

その後、曹操がなし崩し的に亡くなった劉岱の後を継ぐと、程昱は曹操の召し出しに快く応じ、郷里を後にしました。

 

 

郷里の人々は程昱に対して「劉岱の召し寄せは無視したのに、この矛盾野郎め!」と揶揄しましたが、程昱は笑って取り合わなかったそうです。

 

 

 

 

 

曹操軍の剛直な謀士

 

 

さて、曹操に仕官したのち、今度は天下無双と名高い呂布が留守を突いて、曹操の本拠地となっていた兗州(エンシュウ)を占領してしまいます。

 

この時は曹操軍の中でも裏切りが発生しており、恐れた城の守将は次々に降伏。程昱の守城を含め、わずかに3城だけが曹操の元に残るといった有様でした。

 

程昱はこの時、曹操の手元に残ったわずか三つの城のうちの一つを任され、その土地を治めていた令(長官)を説得。

 

呂布軍に攻められた際も不意打ちや奇襲でうまく守り抜いたのでした。

 

 

 

なお、劣勢になった曹操が怖気づいて「袁紹の配下になってしまおうか」と弱音を吐いた時も、程昱は韓信や彭越といった、強すぎるせいで最後は主君に処刑された人物を例にとって、「袁紹に降れば、あなたもきっとこうなる」と叱咤激励。これで奮起した曹操はとうとう呂布を撃退し、数年後には呂布討伐に成功するに至ったのです。

 

 

さらには袁紹と戦う時に、、程昱が守る城の守兵が極端に少なかったので曹操が援軍を回そうとすると「少ないほうが油断して無視してくれます」と断り、実際にその通りになったりと、非常に優れた洞察眼をこれでもかと披露しています。

 

 

 

 

優れた嗅覚

 

 

てまた、程昱は英雄をかぎ分けるだけの鋭い嗅覚も持ち合わせており、劉備曹操の配下に加わった際には、「いつか裏切って大変なことになるから、今始末しましょう」と物騒な提案をしたり、また赤壁の戦いの前に劉備孫権と手を結ぶと、「劉備を仕留める機会はこれで失われた」と述懐しています。

 

また、後に孫権征伐に向かった際にも、他の群臣が「孫権なんてすぐに降伏するから楽勝」と楽観視している中、「戦争になるな」と予見しており、人の将器をしっかりとかぎ分ける嗅覚を遺憾なく発揮しています。

 

 

 

英雄を知る程昱は時代の移り変わりにも聡く……『魏書』にはこんな逸話も残っています。

 

 

曹操が反乱を起こした馬超討伐に向かった時、後の文帝・曹丕は軍事参謀として程昱らと共に後方の留守を担当した。

 

が、そんな折、後方でも反乱が発生。賈信(カシン)という将軍にこれを鎮圧させ、多くの者を捕虜にした。

 

 

さて、そんな反逆者たちの処遇を求め、留守の者たちの間で悶着が発生。

 

多くの者は、「連中は叛逆者だ。旧法では包囲されてから降伏した者は死刑とあるから殺すべきだろう」と主張。しかし程昱は、時代の移り変わりとともに旧法の無意味さを主張。

 

曰く、

 

「昔は英雄が乱立し、見せしめを用いて包囲前に降ることに得を感じさせ、威光を示すことが重要視された。しかし今は天下の大半が平定され、しかも領内での事件。いずれ降伏するのは目に見えているし、殺したところで何の見せしめにもなるまい」

 

とのこと。

 

 

しかし納得できない他の面々は、「軍事では独断専行が許される」とし、あくまで死刑を執行しようとし、それを見た程昱は黙りこくって何も答えなくなってしまったのです。

 

しかし、その場に出席していた曹丕が後に程昱を訪ね、「言いたいことがあるのではないか?」と質問すると、程昱は

 

「独断専行が許されるのは、いちいち報告していては機を損じる可能性が大いにあるからです。それに比べ、今回は特に急ぐような案件でもなし。独断に意味などありますまい」

 

と答え、曹丕はこの意見を「至極もっともである」と感じ入って、さっそく曹操に判断を仰ぎますが、曹操もやはり反逆者を処刑しませんでした。

 

 

後日、戻ってきた曹操は上機嫌で「程昱は軍事だけでなく、他人の親子関係もうまくさばくのだな」と賞賛した。

 

己の信じた正義や節義は曲げませんが、時代の移り変わりに対応して物の見方を変えるなど、強情ではあるものの決して頭の固い人物ではなかったことが伺える逸話です。

 

 

 

そんな程昱も自分の老いを感じると、曹操一門から感謝の宴を開いてもらったのを皮切りに、自らの意思で第一線を引退。

 

少しの淀みも残さない、潔い引き際でした。

 

 

 

 

 

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剛直なテカイじーさん

 

 

この人は身の丈八尺三寸(約191cm)の大男で、立派なあごひげを蓄えていました。

 

また、黄巾の乱での逸話からわかる通り、非常に気の強い人物で、曹操からは「胆力は昔の高名な勇者を超える」とお墨付きをもらうほどに
勇敢な人物でした。

 

 

三国志をまとめた陳寿には「強情でよく人と衝突する」と評されており、人から反逆者として密告されたこともあるほどだとか。もっとも、曹操はいっさい取り合わなかったそうですが。

 

 

また、意外と執念深かったのか、自身を馬鹿にした郷里に対しては、後年兵糧不足の際には略奪という形で仕返ししており、案外執念深かったのかもしれない逸話も残っていますね。

 

やっぱりこの人は敵に回すとヤバい……(´;ω;`)

 

 

 

とはいえ、人を見る目、その動きや先々をしっかりと見据えるだけの洞察力、観察眼は見事というほかありません。

 

 

人と争って失脚したり、「兵糧に人肉をまぜこんだ」というデマが流れたりもしていますが、やはりそんなマイナスイメージを考慮してもおつりがくるほどの逸材だったのは疑いようもありません。

 

 

 

 

 

 

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