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牛輔

 

 

 

生没年:?~初平3年(192)

 

所属:他

 

生まれ:???

 

 

三国志ヲタの暴走

 

 

 

 

牛輔(ギュウホ)。あの圧倒的強さと粗暴さを併せ持った暴れん坊・董卓(トウタク)の娘婿。

 

董卓が自分の娘を遣る位の人物なので、この牛輔という人物、さぞや勇ましい人物なんだろうなと想像してしまいますが……なんというか残念と言っても良い人物かもしれません。

 

 

まあ、董卓からすれば裏切らない無難な人間だったのかもしれませんね。

 

 

 

 

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そんな娘婿で大丈夫か?

 

 

 

大丈夫じゃない。大問題だ

 

 

牛輔は董卓の娘婿という立場である以上、董卓軍ではある程度以上の地位が約束されている人物でした。

 

そんな牛輔は、董卓が都にて実権を握ると、彼の寵愛を得てどんどん出世。ついには中郎将(チュウロウショウ:将軍の次ぐ高級武官)となり、董卓軍の一翼を担う人物として将帥の道を着々と歩んでいったのです。

 

 

董卓が都を長安(チョウアン)に移した際にも、李傕(リカク)、郭汜(カクシ)ら董卓の重臣を率いて東方の敵対勢力への抑えとして各地の攻略に精を出していました。

 

 

 

しかしそんな折、牛輔にとんでもない情報がもたらされます。

 

 

――董卓、都にて謀略により暗殺。

 

 

さらには都に住んでいた董卓の血縁者も軒並み殺されたという話を聞き、牛輔は気が気ではなくなったのです。

 

このままでは、自分も殺される――。

 

もはや牛輔には、安寧の地など残されていなかったのです。

 

 

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やっぱり駄目だったよ

 

 

 

そしてそうこうしているうちに、ついに牛輔の元まで刺客が軍を率いて訪れます。

 

董卓暗殺に関与した人物の一人である李粛(リシュク)が、牛輔らの陣営に攻めかけてきたのです。

 

牛輔軍はこれを撃退しひとまずの収集をつけますが、ここで更なる問題が襲い掛かります。

 

 

朝廷の許しにより差し向けられた追手に、兵たちはみな動揺。ついには一部の兵士らが反乱を起こすほどの事態になり、牛輔軍は大混乱に陥ってしまったのです。

 

 

この光景を見た牛輔は、「兵士は皆敵か」と、混乱を見て早とちり。すぐに金銀財宝をかき集めると、信用できる部下数名と共に逃げてしまったのです。

 

 

 

……が、ここで財宝を抱えて逃げてしまった事が、すぐに裏目に出てしまいます。

 

 

なんと牛輔が抱える財宝に目がくらんだ側近の攴胡赤児(ホクコセキジ)は、自身の欲望に打ち勝つことができず牛輔に反逆。

 

軍を捨ててほぼ単独で逃げていた牛輔は、この突然の反乱に対応しきれず、皮肉にも自身の懸念通り部下の刃によってその命を落としたのでした。

 

 

その後牛輔の首は長安に送られ、それからは裏切った攴胡赤児ともども、この首のありかは史書に描かれていません。

 

 

 

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悲しいくらいに臆病な人物

 

 

 

董卓存命中はどうかは知りませんが、少なくとも董卓死後の牛輔は驚くほどに臆病で、おおよそ軍の統括者にふさわしくないほどのヘタレっぷりを見せています。

 

 

『魏書』ではそんな牛輔の精神的に衰弱しきった様子を以下のように記載しています。

 

 

 

怯えて職務が手につかないほどだった。兵を招集するための割符をいつも握りしめるだけでは落ち着かず、処刑用の斧と首切り台を自分の近くに置くことで何とか精神の均衡を保とうとしていた。

 

 

……なんというか、いたたまれない……。

 

 

 

それだけでなく、不安のあまり壊れた心は更なる拠り所を求めており、ついには占いを完全に妄信してしまうまでになったと言われており、客に会う時は人相占いを占い師にやらせて筮竹で吉凶を占い、その上で反逆の意思がないとされて始めて人に会うほどだったそうです。

 

当然、占いの結果「反逆の意志あり」と凶が出たならその人と会わないどころか即刻処刑。董越(トウエツ)なる人物が、現に反逆者として処刑されたとか。

 

 

 

自分たちがどう思われているのか知っているからこそか別の理由か、何とも可哀想なくらいに弱り切っていますが……正直、一軍を統括する総大将としてはこの有り様はどうなのでしょう?

 

 

董卓という存在の重さが彼の動揺からはうかがえますが、正直なところ武官としてはあまり向いている人物ではなかったのかもしれません。

 

メイン参考文献:ちくま文庫 正史 三国志 1巻

 

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